「貴方は今のFFXIをお勧め出来る?」へのトラックバックです。
まず、頭を整理するために、FFXIというゲームシステムの性格を見てみると。
(1) キャラクターの強さが、キャラクター自身の能力として成長していく
1レベル上がることに依る能力の変化がかなり顕著です。レベルという分かりやすいシステムを使っているため、指標もはっきりしています。
(2) どのプレイヤーも、ベースの部分は平等になっている
これについては、キャラクター自体の能力は選んだ種族に依存するものの、すべて平等に扱われるように見えております。種族の選び方次第ということですね。しかも、種族はランダムで選ばれることはありません。
(3) お金と装備入手との関係が、他人との関係に大きく影響される
アイテム入手の方法が大きく影響されることは、かなり重要な要素であり、そのゲーム自身にリスクとメリットを同時に大きく突きつけると言えます。
(4) ストーリー性に関わることができ、無視することも出来る
キャラクターを早く強くしたいと思う人は、それだけに専念すればランク1のままレベル75まで到達可能です。また、ストーリーを楽しみながらゆっくりやりたいという人も、ヴァナ・ディールの世界で楽しみ続けることが出来ます。
これを理論変換していきますと…
(1)’ 明確に数値化された勝ち負けの部分が存在する
(2)’ 時間を揃えれば、各プレイヤーに与えられた条件は同じである
(3)’ 他の人との間でイカサマ行為が可能である
(4)’ 勝ち負けの要素に拘らない楽しみ方が出来る
特に(3)’については説明が多大になるため、多くの議論を呼んでいると思われますけれど、この部分がプラスにせよマイナスにせよ、大きな魅力となっていることはかわりがないです。
ある無戦論主義者の批評はたいへんネガティブなもので、「どうして弱いもの虐めしていろんなお金とか稼がなきゃいけないんだ?」みたいなことがありましたが、それはある意味理性にとらわれすぎていて現実を見ていない人の話としかとらえられません。
一方で、このヴァナ・ディールという存在は、ゲームではなく、仮想現実ととらえれば、「楽しめるもの」に相当すると考えられます。
つまり、ある意味どうにもならないものが現実にあるように、ヴァナ・ディールの世界でもすべてが希望通り行くとは思われないと言うことです。
時間管理どうのこうのという話ではなく、効率的な方法で、かつ、長期的にヴァナ・ディールに存在し続ければ、その人は他の人に比べて優位になれるということ。一方で、その人の一般の生活は大変なことになると言うことも考えないといけませんが。
ということで、バランス感覚を持って、ヴァナ・ディールという「世界」で「生活」することは、楽しいことになると思います。■eは予めその点をゲームをする人に警告し続けていることをお忘れ無く…